2014年 6月11日 鞍掛峠(小松峰、八十里越え天保の道散策)
只見のH氏と吉が沢奥まで車を乗り入れる。
崩落地手前のところに段差ができていて、そこを一旦越えたが、車両の底を擦ってしまい、やむなく手前までとした。
途中でショートカットし山道へ。昨年は不作と思われたブナであったが、部分的に豊作だったのだろうかおびただしい新芽が出ている。
H氏によれば、田代平一帯か鞍掛け峠までの間に、江戸後期の天保の道とさらにそれ以前の道が存在し、それを確認するのだという。
一応航空写真で確認済であり、明らかない道の痕跡はあるようだ。
小松横手まで行き、そこから峰筋を藪漕ぎしながら登ってゆく。
田代山にもう少しで届くあたりで、H 氏が「これじゃないかな」と指差している。
確かに一間以上の幅員があり、完璧な道があったのである。
しばらく田代平方向に上りながら行くが、最初に鞍掛峠方面の道を探索したいとのことで、やや下りながら鞍掛方面へと進路をとる。
峠の手前数百メートルのところで現在の新道と合流しているようだった。
昨年私が見つけた、鞍掛峠掘割部上部10メートルほどのところにあった祠を確認。
その後、鞍掛峠三条側の新道以前の旧道を発見するべく向かうが、ことどとく崩落化しているようで、痕跡は皆無であり、今現在の新道のヘツリ具合からして当然であろうという結論に達した。
再び小松横手近くまで行き、なるべく苦労しないで取り付けるよう、沢筋を登り天保の道へ再び戻る。そこから田代平方面には緩やかであるが、九十九折もほとんど無いままだらだらと降下していっているようだった。
しかし、栃の木やツルなどが繁茂し、大変歩きにくい地形であった。
田代平手前でこの道も新道と合流していたようである。
林道終点で昼食とし、約6時間の古道散策は終了となった。
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小松横手から守門岳袴腰 |
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同じく黒姫 |
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浅草岳右隅毛猛 |